小説レビュー その他もろもろとか。

軽快な電子音が流れ、ドアが勢いよく閉まった。まとわりつく蒸し暑さが、降り注ぐ冷気によって嘘のように取り払われてゆく。

埼京線の車内。

吊り革に身を任せながら、鈍色の空を伺う。もう陽は暮れているがまだ完全な夜ではない。誰に聞いたか忘れたが、陽が暮れてから闇に取り込まれて行くまでの僅かな時間帯を"マジックアワー"と云うそうだ。ただ、今日のそれは別段美しいというわけではなく、どちらかといえば仄暗いビルの影とグレーが混ざった色のない世界という印象。薄闇はびゅうびゅうと窓の外を流れて行く。

赤羽駅を発車すると、電車は轟音を伴い奈落へと疾走する。トンネルがあるのだ。
瞬間、窓ガラスはモノトーンの鏡にすり替わる。直前まで存在した墨絵のような景色は、一転して伏目がちな私と乗客を映しだした。180度に拡がる鏡。

不意に冷気が首すじを舐めた。
キーンと耳を突く周波数。
斜め後ろに人の気配。
正面の窓ガラスに色のない男が映っていた。

『誰…』

誰も気付いていない。
窓ガラスに映し出されたその男は軍服姿…そしてその手には、銃剣が握りしめられているというのに。

電車の轟音が耳元で響き渡り、脳をチカチカさせる。

周囲の乗客には見えてない?軍服姿の男は明らかに異質であり不自然なはずなのに、俯いたまま誰もスマホの画面から目を逸らすことがない。

その男に表情はなく、鮫のような瞬きをしない冷たい黒眼だけが浮きあがってみえる。
人は本当の恐怖に直面したとき、息を止め、身体の動きまでも停止するのだろう。息を殺した私のこめかみに、じんわりと冷たい汗だけが滲む。

気配が背後に忍び寄った。
そして窓ガラスと目が合う。

男は、ゆっくりと、そうして大きく銃剣を振りかざした。

声が、出ない。







振り下ろす

目を瞑った刹那、風を切る音とトンネルを抜けた音が重なり合い、いつの間にか電車は荒川に差し掛かっていた。
窓ガラスは、漆黒の大河と明滅する鉄塔の灯りだけを映し出している。

男はいない。
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2013.09.29 / Top↑
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