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『マルモのおきて』最終回、録画してたやつをようやく観た。

TV局同士の熾烈な視聴率争いで若干ゲンナリするものの、当初から注目してるのは

『おきて』

という、ストーリーで重要な役割をするアイテムだ。、主人公?マルモ(阿部サダヲ)さんが書くこの<おきて>が、毎回心に響く良い言葉なのである。
今回の最終回は、

『離ればなれでも、家族』

という<おきて>と

『生きていてくれて、ありがとう』

という母親に対しての薫(芦田愛菜)ちゃんの台詞にぐっときた。

マルモのおきて


ドラマが始まってから三話くらいでこの<おきて>に変化がみられるようにワタシは感じた。
当初から首都圏よりも、東日本大震災の被災地で視聴率の高かったこのドラマ。視聴者に合わせたかのように<おきて>が被災者向けに書かれているのでわ?とワタシは思っている。
家族愛を描いた作品なので、こんなに深読みしなくても通じるところはあったんだろうけど、それでも脚本家が感じた被災地への思いをきっとドラマのストーリーの影にそっと隠しながら視聴者に伝えたかったのではないだろうか?と思っている。

今回の気になった言葉は、震災によって家族と死別された方、また別離を余儀なくされた方、未だ行方不明の家族を想い哀しみに暮れる方・・・そんな方にむけての『離ればなれでも、家族』というメッセージではないだろうかと感じている。
そしてそのアンサーワードとしての『生きていてくれて、ありがとう』は温かい涙を誘って止まない。
遠く天国から、生き残った家族へのメッセージに他ならないからだ。

それぞれの事情で一緒には暮らせない人や、二度と触れ合うことが許されない人へ、離れていても家族という温かい心は繋がっている・・・例えそれが記憶の中であってもその心は繋がっている・・・そんな思いを感じ取ってしまう。

被災地の復興への道は険しく、政府には呆れる毎日が続いている。
生き残った人たちは、希望に燃える人もいれば、失望して苦しい精神状態の人もいるだろう。
それでも、それでも『生きていてくれて、ありがとう』という言葉をどうか感じて欲しい。
生きている、あるいは生かされている・・・その意味は必ずあるはず。


マルモのおきてから借りれば、

『みんながみんなを応援しよう』

ということなんだ。
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2011.07.05 / Top↑
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