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本作は、先日読んだ著者のデビュー小説『パイロットフィッシュ』のアンサー小説である。

前作では、主人公である<山崎>が大学生のときに出会った<由希子>との再会を通じて、人生の様々な場面を振り返る内容であった。出会った人は消滅しても、記憶はいつまでも影響して止まない・・・という。
今回は、前作のストーリーでは出てこない小学生、そして中学から高校時代の山崎が描写され、白文鳥を殺してしまったこと、万引き事件での補導、憧れの先輩の自殺など、山崎の人格形成に何かを及ぼしたであろう悪夢のような衝撃が挿話として組み込まれている。
『パイロットフィッシュ』における大学生になった山崎が、由希子と出会ったときに何故あんなにも無気力であったかが否応なしに思い起こされる仕掛けだ。

そして『アジアンタムブルー』でのメインである<葉子>との、奇蹟の三年間が始まるのだ。




悔しくて、涙が零れた。泣きたくなどなかったけれど、鮮やかな色使いをした鳥類図鑑の表紙の上にポタポタと涙が落ちていくのを止めることができなかった。



鳥類図鑑は、鳥音痴の葉子のために僕が買ってあげたプレゼントだ。葉子はいつまでたっても鳥の姿と名前が一致しなかった・・・毎晩ベットで眠り薬のように読んでいたその本はすでにぼろぼろになっていて、僕は眠ってしまった葉子からその本をそっと起こさないように取り除き、子供のように眠っている横顔を眺めるのが大好きだった。
今、僕はこの図鑑をニース行きのスーツケースに入れようとしている。
何故こんな重いものをスーツケースに入れようとしているのか、すでに僕は頭の片隅で理解していた。

お棺に入れるためなのだ。

葉子を火葬するときに僕はこれを一緒に入れようとしているのだ。

「わたし死ぬ時はあそこで死にたい」

という、出会った頃の葉子が望んだ通り、余命幾許かの葉子と僕は、これからニースへと旅立つことになる。
葉子が撮りつづけた水溜りの写真と、お気に入りの<ユア・ソング>のCDと、葉子が火葬場に運ばれて、そのときに入れるものを、今僕は選別しようとしているのだ。

死なないでくれ。僕をひとりにしないでくれ。
どこに行っても、何をしてきてもいいから、僕のところに戻ってきてくれ。
癌なんて嘘だ。助からないなんて、何かの間違いだろう。

葉子・・・・・・・・





急に訪れる別れと、確実な別れに向かう瞬間と、どちらが辛いのだろう。

アジアンタムという観葉植物は実に栽培が難しい。ワタシも過去一回だけ挑戦したことがあるけど、多分二ヶ月くらいで枯らしてしまったと思う。水分過多でも蒸れて枯れてしまうくせに、葉に毎日何回も霧吹きで水を与えなくてはいけないのだ。そうやって慎重に管理していても、一度枯れはじめてしまうと手の施しようがなくなってしまう。そんな繊細な植物。
で、この枯れはじめるとどうにもならない状態を<アジアンタムブルー>と云うんですよ。
アジアンタムの憂鬱ってことだね。

ただ、ごく稀にこの危機的状況を脱して再び青々と葉を茂らせることができたりする。そうやって強くなったアジアンタムは大きく成長するらしい。
そんなタイトルをつける著者は、どれだけロマンチストなんだろう。

著者は喪失と再生の物語に命を懸けている・・・そのくらい、どの作品に触れても孤独とか別れとか、静かな悲しい話ばっかり。
どれもが叙情豊かな美しい言葉で綴られていて、絵画のような眩い情景を想像させる。

それにしても、主人公の山崎さん。冷静に振り返ると散々な人生に思えるのは気のせいか?
友達にそそのかされて万引きをして補導され、高校では憧れの先輩の自殺を経験し、大学で出あった由希子とは、その友人と寝てしまい破局に。その当時お世話になった渡辺さんを飛行機事故で亡くすし、その後出会ったカメラマン葉子との壮絶な別れを体験、渡辺さんの子供と知らずに暮らし、別れ、最後に自分を拾って育ててくれた職場の編集長である沢井を癌で亡くすのだ。

うーんひどい・・・でも物語として<死>という強烈な部分を使ってるけど、実際同じように出会いや別れは日常的に繰り返されているのも事実だ。誰しもが、似たような経験をどこかでしているんじゃないかな?って思う。
なので、常日頃<人の記憶に残りたい>をモットーとしているワタシは、記憶に影響されたり、記憶とともに生きていくという著者のスタイルに、ぐいぐいと共感して止まないわけだ。

それにしても、こんな小説キレイ過ぎるよ!って思っていながら、まだまだ溺れたいと(笑)ワタシはまた次の短編も用意している。読むとどうしても鬱に引っ張られるのだけれど、その鬱にどうしても浸かりたいという・・・どんな魅力か説明できないけど、そんな時ってあるよね。著者大崎さんは、そんなガラスのように繊細で透明な魅力に溢れている作家さんなんです。

屋上から見上げる空は、日々の思い出を溶かした茜色に染まっていく。
思い出を記憶へとすり替える為の時間は、緩やかで、そうしてそこに、静かに棚引いているから。
その眺めは穏やかに心を鎮め、癒しながら、決して離そうとはしない。
それでも、それでも僕は階段に向かって歩き出さなくては行けないのだ。そう、枯れてしまう前に。
これは喪失と孤独を彷徨う悲恋と再生を繰り返す、永遠の恋愛小説なのである。

ちょっと長めに考えて見ました。
こんなのよく裏表紙に載ってるよね(笑)

アジアンタムブルー

アジアンタムブルー
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2011.07.04 / Top↑
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