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小説レビュー その他もろもろとか。

2009年吉川英治文学新人賞受賞作です。

昨年11月に文庫化されたこの作品、まずなんといっても「田村はまだか」というタイトルに痺れてしまう。
あまりにわからぬこのタイトルに、とりあえず解説ページに助けを求めることにした。
解説では、全六話の連作短編であるという。同窓会の三次会に集まった残党メンバーが一人ずつ主人公として自分の人生を振り返り、その心の機敏を描写する内容となっているらしい。そしてその同窓会に「田村」はなかなか到着しないという設定。田村を待ちつつ、それぞれの想いは駆け巡る・・・そんな話らしい。




28年ぶりに集まった小学校の同窓会である。三次会は札幌ススキノの、とあるスナック「チャオ!」でお開きになった。残っているのはもう5人だけ。みんな「田村」を待っているのだ。
「田村はまだか」「遅いぞ田村」「なにやってんのよ田村」「田村遅すぎない」「ほんとにくるんだろうな」と口々に不満を漏らす。そんな様子をマスターの花輪は見守っていた。お客の気になった話を閉店後にこっそり帳面につけるのがマスターのささやかな楽しみなのだ。
残党メンバーたちは田村を待ちながら、田村のことを語り始めた。マスターはそっと耳を傾ける。

田村の家庭は貧乏だった。小学生当時の田村の家は風でかしいでいるほどで、廃屋という表現がぴったりだった。着ているものはいつもお古で貰ったジャージで、頭髪は近所のじいさんが中古のバリカンで刈ってくれるままの虎刈りだった。父親はすでにいなく、その代わりに母親はとっかえひっかえ男を連れ込んでいた。父親参観日に毎回違う男の姿があり「ろくでなし」という大人たちの評価は妥当だったであろう。

そんな田村はいじめられている訳ではないのに、常に無口であり同級生と打ち解ける雰囲気は微塵も感じられなかった。すでになにか諦めている・・・孤高な小学生であったことに間違いはない。
同時期に「中村理香」という問題児が同じクラスに存在した。何事にも無関心なのである。無関心を同級生に責められて暴走した中村理香は、自ら髪をハサミで丸刈りになるほど切り刻んだ。教室にハサミを放り投げ、責めた同級生に一瞥をくれて教室をあとにした「丸刈り事件」はみんなの記憶に強烈な印象を残している。

そんな中村理香を救ったのは田村だった。
またしても無関心を責められた中村理香は

「なにもかもがつまらない・・・なにもない・・・ほんとうはなんにもない・・・どうせ死ぬんだ・・・いつか絶対みんな死ぬんだ」

と机に伏して号泣した。ほんとうになくなっちゃうんだ・・・そしたらないものだってみえなくなっちゃうんだ。
そんな中村理香に田村は近づいて

「どうせ死ぬから、今生きているんじゃないのか」

と説いた。

「おれの指は動く、足だって動く、おれは今ここにいる、それでいいじゃないか・・・泣くなよ」

その後田村は宇都宮の親戚の家に預けられ、中学卒業後は豆腐屋の修行に励んだ。豆腐屋の親方は定時制高校に通わせてくれたという。そしていま40歳になる田村は豆腐屋の主として親方の豆腐屋を守り、女房とこども二人・・・もちろん中村理香が女房だ。彼女は田村を追って宇都宮に押しかけたのだった。

田村の話で盛り上がるメンバーは、みんなキラキラと澄んだ目で輝いている。
マスターは田村が到着する様子を妄想しながら、帳面を取り出していた。




これが第一話にあたる田村の過去から現在であるが、田村を想うメンバーの気持ちがひしひしと伝わってくる。みんな田村と会うのを楽しみにしているその期待感がはちきれそうなのだ。
ここまでの流れで会話を聞いていたマスター花輪も、読んでいた読者も「田村」の到着が待ち遠しくなったに違いない。ワタシもそのひとりだ。人間を知るということは堪らなく興味をそそられる。しかもその人間はなかなか現れない・・・この設定が極め付けだ!どーしても田村に会いたいのだ!

そんなことにはお構いなしに、二話、三話とメンバーの心の影に焦点をあて紐解いていくスタイルが続く。それぞれの歴史に40代くらいの読者は共感を覚えるだろう。仕事の悩みなど、人それぞれの想いが交差する人生が描かれているのだ。そういう作者自身も40代なので、ほぼ等身大の自分の感性がダイナミックに表現されているのだろう。ぐっとくるストレートな表現に苦々しくも否定できない自分を垣間見るのだ。

最終話に向けて急展開するスピーディーな仕掛けはハラハラする。果たして田村は来るのか?来ないのか?読者を裏切るのも作者の腕の見せ所だし、裏切らないのも作者の実力である。田村の顛末は読んだ人だけの秘密なのである。

生きていることには、ささやかな理由がある。そう田村に伝えたい。田村はまだか?

読者の心にも田村はいるんじゃないかな?

田村はまだか
田村はまだか
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2011.04.09 / Top↑
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