小説レビュー その他もろもろとか。

2013年10月の読書メーター
読んだ本の数:16冊
読んだページ数:4158ページ
ナイス数:469ナイス

九月が永遠に続けば (新潮文庫)九月が永遠に続けば (新潮文庫)感想
狂人たちの夢物語ともとれる長篇作品。精神のバランスを奪われた世界はドロドロとした人間関係の輪廻であり、登場人物の一切にワタシは共感を覚えることがなかった。ただ、少し現実離れした描写、設定ではあるけれど、サスペンスとミステリーの味付けは程よく、ギリギリのところで読者の持つ手を繋ぎとめることだろう。提示された世界観に深入りすると、自身の倫理観が揺らぐ怖さがあるけれど、自分が思っている以上に一線を超える境界線は低いのかもしれないと感じた。悪夢とは、決して朝が来ない現実世界でのみ続いて行く受け入れ難い呪いなのだ。
読了日:10月28日 著者:沼田まほかる

哀しい予感 (角川文庫)哀しい予感 (角川文庫)感想
緩やかに覚醒する記憶の断片は、固く閉ざされた扉を開ける鍵の欠片。そのひとつひとつは封印された大切な想い出でもあり、導かれるまま拾いあげてゆく物語はある意味自分を確かめる旅でもあるのだろう。弥生が抱く思慕の念は、叔母であるゆきのを自然と引き寄せ、弟哲生を想う淡い気持ちの本当を、確かなものに変える力を携えている。ゆっくりと謎を解き明かしながら辿り着く旅の終わりは、大人への入り口であり真の愛情に立ち向かう決意をも予感した。160頁足らずの中篇でありながら美しい心の情景を描き切る筆致に、本当胸がすく。極めて良作。
読了日:10月27日 著者:吉本ばなな

みんなの秘密 (講談社文庫)みんなの秘密 (講談社文庫)感想
人が抱える心の内を素直に嘲笑できないまま身を任せ、次々と流されてゆく12の物語。男は崇高な幼稚さを、女はしたたかな醜さを携え、ハリボテの人生を歩んでいる。密やかに取り繕われる男女の駆け引きに、奥の底まで酔いしれる主人公たちのなんと間抜けなことだろう。己の矜持を守るため、郷愁を葬ることすら厭わない『親の死を看取ることは、自覚しながらいくつかの罪を作ることだ』の一節が、この本すべての業を言い表している。男も女も本性を曝けだせば美貌も学歴もどこ吹く風なのだ。そんな人間模様はひどく滑稽であり、実に愛おしくもある。
読了日:10月26日 著者:林真理子

ひとかげ (幻冬舎文庫)ひとかげ (幻冬舎文庫)感想
加筆修正よりも大幅な改稿を経て、とかげと私が放つ光の陰影に少しだけ色がついたように感じる。前作は映写機のスライドであり、後作は紙芝居であろう。ゆっくりと紙をめくる仕草に人の姿を感じさせるのだ。以前の彼女は呪われていて、どこまでも冷たく、水底に沈む憂いを帯びていた。ひとかげとしての彼女は人の影として、その体温が緩やかに感じられ、それゆえ死と向き合う様が余計に色濃く感じられる。『とかげ』という自身の短篇は、作家として暦を一周りする時をじっくり噛みしめ『ひとかげ』という新たな彩を纏った物語に生まれ変わったのだ。
読了日:10月24日 著者:よしもとばなな

とかげ (新潮文庫)とかげ (新潮文庫)感想
表題作を含む六篇のショートストーリーはどれも毒が強く、読み進めるための体力が必要であろう。どの物語の主人公も生きてきた時間の呪縛に苛まれ、明滅する命の灯かりを絶やさぬために呼吸が薄く、どんよりとした曇り空のどこかに差す光を追い求めている。『とかげ』あるいは『大川端奇譚』でのソリッドな感覚は、解説で語られる<癒し>というよりか<赦し>を強く感じてならない。生きることに赦しを請うという重圧は、哀しみを受け流してきた代償でもあるのだろうか。底なし沼にゆっくりと沈む中で、少しでも長く幸せをと祈らずにはいられない。
読了日:10月23日 著者:吉本ばなな

風味絶佳 (文春文庫)風味絶佳 (文春文庫)感想
男と女の想いの圧がぐっと押してくる六篇の短篇集。表題作は映画『シュガーアンドスパイス』の原作として有名だが、短篇だったとは恐れ入る。どの物語もドロドロとした男と女の愛憎劇という訳ではなく、どこか物悲しげなユーモアに包まれた時間が切り取られていて、抜群にお洒落なのだ。まさに<風味絶佳>というタイトル通り、読後の余韻=風味が絶佳=格別であり、切れ味抜群ということである。『いやって言うのはいいってこと、たったひとりにだけ、いやといいは同じ意味になるんだよ』というキュンとくる台詞は、実に甘くスパイシーなのである。
読了日:10月20日 著者:山田詠美

あの空の下で (集英社文庫)あの空の下で (集英社文庫)感想
飛行機をモチーフとした短篇とエッセイは、ANA機内誌『翼の王国』での連載をまとめ構成された過去と現在を旅するショートストーリーで綴られている。それぞれの切り取られた物語は特に結末を語らず、空の上で旅する読者にそっと余韻を感じさせる風であり、それは美味しいフレンチの前菜がスプーンに小さく盛られているようでもある。好みで云えば、『東京画』と『流されて』の二作品がなんとも味わい深い。それぞれの主人公が生きてきた時間をしんみりと心地よく感じさせ、それでいてなんとなく未来を予感させる心の移ろいが憎らしくもあるのだ。
読了日:10月19日 著者:吉田修一

やさしいライオン (フレーベルのえほん 2)やさしいライオン (フレーベルのえほん 2)感想
母の愛情、自己犠牲、尊い命など、こどもと一緒に大人も考えさせられるストーリー。ハッピーエンドではない強いメッセージ…何度読みかえしては涙したことだろう。作者の想いはアンパンマンに受け継がれ、後世に伝わる不朽の名作へと成長を遂げることに。やなせたかしさん享年94歳、ご冥福をお祈りします。
読了日:10月15日 著者:やなせたかし

夜行観覧車 (双葉文庫)夜行観覧車 (双葉文庫)感想
由緒ある土地柄が真綿で首を締めてゆく物語。傲慢と虚勢と僻み妬みが止め処なく溢れだし、二つの家庭を覆う仮面がひとつ、またひとつと惨めに剥がされていく。いったいどこですれ違ってしまったのだろう。淳子の魔が差すまでの精神状態は想像だけで語られ、その真意は不明のままだ。真弓が彩花を手にかける場面は常軌を逸した表現が用いられている。どちらも殺意はなかったのだろうが、第三者の力が及ぶか否かだけが二人の分かれ目であった。張り詰めた状態の心で日々暮らす人は多い。誰もが見栄を張る日常など、いとも簡単に壊れてしまうのだろう。
読了日:10月14日 著者:湊かなえ

真昼なのに昏い部屋 (講談社文庫)真昼なのに昏い部屋 (講談社文庫)感想
男と女の始まるまでを、終始美しいユーモアで包み込んだ物語。<ですます調>の文体と繊細な描写で一貫した目線は、主人公のジョーンズさんと美弥子さんに不思議と清潔な処女性を持たせ、まるで中学生の男女が初めて恋に堕ちるような雰囲気を醸し出しているよう。さらに特筆すべき美弥子さんの潔癖さが罪悪感の微塵をも吹き飛ばし、これが不倫の物語だということを忘れさせてしまう。籠の中で放つ小鳥の愛くるしさに、つい話しかけ、指をだし、エサを与え、手に乗せて、ついには外へと連れ出して・・・羽を広げることを覚えた小鳥は、もう戻れない。
読了日:10月12日 著者:江國香織

植物図鑑 (幻冬舎文庫)植物図鑑 (幻冬舎文庫)感想
甘酸っぱい恋模様を、流れゆく季節に託したラブコメディ。名も知らぬ草花を<狩りをして料る>描写は実に興味深い。次々と魅せるレシピの数々は、実際に食べずとも美味しさが口いっぱいに広がるような錯覚を感じさせてくれる。また、食すうちに自然と薄味に変化していくさやかの味覚は『その人の色に染まる』というあからさまな惚れっぷりの筆致であり、食育をも範疇に捉えた作者の恋愛ダダ漏れ術がもはや敵なしと断言できるシーンだろう。後半の読者サービスも然り、大団円なエンターテインメントに『雑草という名の草はない』の名言が霞みそうだ。
読了日:10月10日 著者:有川浩

日曜日たち (講談社文庫)日曜日たち (講談社文庫)感想
五人それぞれが持つ細やかな表情を、淡々と追ってゆく連作短編集。少しずつバランスを崩す日常が、都会に身を隠す地方出身者の心苦しさを物語る。希薄な人間関係は、徐々に健康だった精神を蝕み生きる気力を静かに奪うのだろう。ただ、都会に生きるということは、そんなにもハードルが高いことかとワタシは思ってしまうのだが。最後の一行で女がつぶやく『嫌なことばかりだったわけではないと』とは、『ない』とは強く言い切れないその『と』の先に、力強く生きる兄弟への羨望と哀情の綯い交ぜが薄っすら感じられる。東京の風は、そんなに冷たいか。
読了日:10月8日 著者:吉田修一

TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)TUGUMI(つぐみ) (中公文庫)感想
十代の青さと尊さを目一杯解き放つ珠玉の群像劇。つぐみという美少女から繰りだす目線は、置かれた境遇の不遇さを寄せつけぬすこぶる眩しさで魅了してゆく。その性懲りもなくつかれる悪態は、透明なつぐみの裏返しであり、『おまえを好きになった』と言い放つまっすぐに、はっとした読者は矢で射ぬかれたような感覚だろう。今しかない、前しか見ない・・・明日目覚めるかどうかもわからないつぐみにとって、まりあとは恋と全く別次元の世界に生きる盟友であり、託した手紙の想いがジンジン響いてくる。そう、つぐみはガムシャラに生きる傑作なのだ。
読了日:10月6日 著者:吉本ばなな

天帝妖狐 (集英社文庫)天帝妖狐 (集英社文庫)感想
不穏な空気で全篇を包みつつ、ひとつは霧を晴らし、もうひとつは底なし沼にゆっくりと沈めてゆく。そんな二篇の物語。表題作の『天帝妖狐』は、交互に語る一人称の文体を変化させることで静と動を表現し、その静かな調べは夜木のカルマに、儚い灯火を浮かびあげるよう。もう一篇は、仮面舞踏会というクスリとさせるタイトルが意味深い。学校のトイレを掲示板とした匿名のチャットが舞台であり、その不思議な温かみと走り始める緊張感とが、17歳の精一杯を追体験させてくれる。この<わざわざトイレの落書きを選ぶ>が、天才と呼ばれる所以だろう。
読了日:10月5日 著者:乙一

フィッシュストーリー (新潮文庫)フィッシュストーリー (新潮文庫)感想
初期の作品を含む味わい深い四作品。『動物園のエンジン』で導く視点の錯覚は、読者をいきなり本に惹きこむ巧妙な役割を果たし、次の物語で遠野物語の匂いを<探偵の黒澤>に語らせる。<バタフライエフェクト>のような、時空を超える奇蹟の余韻を紡いだ表題作を挿み、同じく映画化された『ポテチ』で、再び活躍する黒澤のお膳立てが琴線を刺激してくる巻末。どれも異なる物語を装いながら、一冊の小説として絶妙のまとまりを感じるのは、編集者の手柄だろうか。表題作『フィッシュストーリー』のスタイリッシュな演出が、ワタシ的には好みである。
読了日:10月3日 著者:伊坂幸太郎

さようなら、私 (幻冬舎文庫)さようなら、私 (幻冬舎文庫)感想
自己の喪失と再生を静かに描く三篇の物語。壊れかけた自分へのレクイエムが滔々と流れてゆく。例えば最初の物語はモンゴルが舞台。<自分探しの旅>である。全篇、砂漠の砂が織りなす陰影と、モンゴリアンブルーと称される鮮烈な青の色彩に、たちまち意識が飛んでしまう。遠い異国の地に住まう人々のふるまいは常にエキセントリックであり、<らしさ>という本能が感じ取れる。それは太陽と星と、風と大地にも。その大地はきっと恐竜が歩いていた頃の大地そのまんまで、でこぼこに寝そべった背中が授かる浄化から、地球の偉大さを感じさせてくれる。
読了日:10月1日 著者:小川糸


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