小説レビュー その他もろもろとか。

久々に伊坂さんの作品を読む。

この『ゴールデンスランバー』は映画化もされた人気作品で、第五回本屋大賞や、山本周五郎賞も受賞してるんですね。映画は観てないのですが、確かにビジュアル的な要素が多聞に含まれていて面白そうですね。容疑者として逃げ惑う主人公の迫りくるタイム感は、映像としての表現に向いていそうです。

ゴールデンスランバー映画 
ゴールデンスランバー @ぴあ映画生活より


でも物語ありき。
小説は小説で、文章の流れやその行間を読むっていうか、余白、余韻を想像し楽しめるので、自分の脳内に様々な情景がビジュアル化したりする時間がワクワクするのです。やめられませんな(笑)

大まかな内容は、主人公が総理大臣暗殺の容疑者として追われるという流れ。勿論主人公は身に覚えのない容疑であって、その背景には何か大きい組織的な陰謀が見え隠れする。主人公に不利な証拠が次々と上がり、とにかく逃げながらその真実を探るしかない・・・というスリル満点のエキサイティングなエンターテイメント小説なのであります。
まーそんな極限の精神状態の中、中盤の山場と思われる不法投棄された車での一節に涙を誘われました。




青柳雅春は憔悴していた。それでも、学生時代に秘密の場所として仲間内では周知の場所である不法投棄の車の存在を思い出し、一縷の望みを懸けて草むらの茂みの奥へと向かって行った。

まだそこに車はあった。
当時恋人だった樋口晴子と雨宿りをした記憶がすでに懐かしい。
前輪の上に置いてある車のキーもそのままだ。

『かかってくれ・・・』

僅かながらの祈りも通じず車は黙ったままだ。

『くそっ』

ダッシュボードを開けると、埃にまみれたメモ用紙とペン・・・気が付くと青柳はメモを千切り、

『俺は犯人ではない』

と書き記していた。そして車を後にして、河川敷へと戻ることに。




時を同じくして樋口晴子は子供を連れ車を飛ばしていた・・・懐かしいあの場所を目指して。
逃走中の青柳雅春の身に何が起こっているのかわからない。けれども、もしもこの車のことを思い出したら・・・花火を眺めるもの同士、離れていても同じことを考えることがあるという、あの夏一緒にバイトした花火工場の社長さんの話を晴子は思い出していた。
晴子は新しいバッテリーを手に草むらの奥へ向かう。



河川敷をひたすら歩く。バッテリーがあれば動くかも?という考えも、もはやハッキリとは考えられなくなっていた。程なく携帯が振動する・・・知らない携帯番号だ。それは逃走中知り合った連続通り魔犯の三浦からであった。

『青柳さんのこと、実はつけてたんですけど面白い情報を教えてあげますよ』

『さっき草むらの中の車にいましたよね。あの後女性と子供が来て、何か車に細工をしていましたよ。今だったら車動くんじゃないですか?』

信じがたい情報だ。車を後にして河川敷を歩いている間に車が動くようになるとでも言うのか?助けてくれたとはいえ連続通り魔犯からの情報だ・・・それでも青柳の足はさっきの車に引き返していた。


ゴールデンスランバー車 


そして

車に乗り込むと祈るようにキーを回した。

『かかった』

バックミラーを直すため、映った自分の顔にぎょっとする。やつれきった顔には目尻から頬にかけて涙の筋がみえる。人間は車のエンジンがかかったくらいで泣くのかよ・・・と天国の森田に語りかける。

おもむろにサンバイザーから数十分前に自分で挟んだ紙切れを取り出す。不要とも思えるその紙切れをポケットにしまおうと・・・しかし何気なく広げた瞬間、鼓動が強く跳ねた。そこにはさっき書いた<俺は犯人じゃない>の文字の脇に、

『だと思った』

とキレイな筆跡で書き足してあった






このくだり、本当はもっと長いんだけどまーだいたいこんな感じですねー。
逃走中の青柳と、かつての恋人樋口は物語中一切の接点をもたない。この見えない繋がりという部分がこの物語のキモであって、後半追い詰められる青柳を取り巻く協力者たちの行動にいちいち涙してしまうのだ。
この作品において、伏線をキレイに回収することのつまらなさや、言葉の描写について言及している伊坂さんなのですが、やっぱり伏線の回収劇は見事であり、その描写のひとつひとつはスタイリッシュであり『フッ』と笑みが零れる味な演出が光っているとワタシは思うなー。

一般的な読後コメントには終わり方が残念とかいう意見もあるようだけど、余韻を楽しませるという点においてワタシにとっては最高のエンディングでしたね。
散々綴じない手法では定評である恩田陸さんとか読んでるからかもしれないけれど、充分綴じてる(笑)と思いますよ。

この物語、明らかケネディ大統領暗殺事件がモチーフとなっているんだけど、現代社会の闇とでもいいましょうか、大きな陰謀ってのは本当にあるんでしょうね。政治的決断じゃないけれど、原発問題にしても普天間基地移設や尖閣諸島などの領土問題など、様々な要因で報道の取捨選択による洗脳があるに違いない。ただ今の時代本当TwitterやFacebookなどで隠せないことが多くなってきてる。まーそれ自体も信じられる情報かそうでないかを自分で判断しなくてはならず、デマや偽の情報に踊らされることもあったりして難しい情報社会になったなーという感じ。
最終的には人を信じることが自分を守ることに繋がるんだろうなーと感じましたよ。この本を読んで。


ってことで、この本の帯を考えるなら



辛いときこそ、信じたい。



信じること、信じられることは、生きている中で最大の財産ですね。

ゴールデンスランバー
ゴールデンスランバー
2012.01.19 / Top↑
久々にBOOKOFFに行ってMY文庫に辻村深月作品を二冊積み上げました。
『ロードムービー』と『太陽の坐る場所』・・・
次の休みに手をつけたいですねー。今日は時間が中途半端になっちゃったので過去の映画評を少し。

ただ、君を愛してる 2006年/日本

ただ、君を愛してる
『ただ、君を愛してる』ぴあ映画生活より

まだ初々しさの残る宮崎あおいさんと玉木宏さん。
原作は市川拓司さんの小説『恋愛寫眞 もうひとつの物語』で、これちょっと複雑なんだけど、
『恋愛寫眞』という2003年公開の堤幸彦監督の映画にコラボレーションの形で執筆された市川さんの小説も映画化されたという流れで、2003年版では主人公を松田龍平さんと広末涼子さんが演じています。
※設定内容など同じ流れを汲むものの結末は別の雰囲気に仕上がってます。

で、今回観たのは2006年度版のもの。

メガネっ子でロリロリ全開の宮崎さんの存在自体が伏線でもあるんだけど、やっぱり映画になると少し駆け足な展開なのかな?原作は読んでいないんだけど、手紙が届くくだりとその伏線は巧妙で、読んで想像するほうが胸に沁みてきそうな雰囲気を感じてしまう。

ただ、君を愛してる② 
メガネ萌えの人要注意!

『好きな人が好きな人を好きになる』

なんて、それは健気過ぎるのではないか・・・とも思うけど、純愛だと割り切られれば、そんなお人よしもアリかもしれない。なんてったって100年も影から見守り想い続ける歌が世間の共感を得て大ヒットするくらいだからね。
まーでも恋愛は別として好きな人(あるいは尊敬する人とか)が好きな人は、やっぱり自然と好きになりますよね。男でも女でも。上手く説明できないけど、どこか共通する要因を感じるんだろーなーと思いますよ。魅力ある人が惹かれる魅力には同じ何かがあるってことですね・・・書いててなんかわかり難い(笑)

どっちにしてもこの手の恋愛映画や泣かせの映画は韓流映画に敵わないな・・・

映画を観てのキャッチコピーとしては 


手紙の中で、君と会えるから。


うーんこれは映画観ないとわかんないよ。
 
あー最近映画観てないなー・・・レイトショー通ってたあの頃が懐かしい(笑)







2012.01.16 / Top↑
12月中は本を読むことなく過ごしてしまったので久々の読書感想ですね。

で、道尾秀介さん。この作家さん敵が多いですよね(笑)『向日葵の咲かない夏』の衝撃度合いが尋常じゃなかったため、話題だから・・・とか、人気だから・・・とかいうことで手にしてしまった人が『ウエェェェェッ』って(すいません)って拒否反応を示したりとかして次に進めなかったのは仕方ないかも。・・・まーそれだけの尖がった作品なわけで、裏を返せば深く印象深い小説に間違いないのだから、後の直木賞受賞の力量がすでに備わっていたと言うべきで、強力な個性をだせば読者の二極化は避けられないんだろうなーと思いますよ。

今回の『カラスの親指』は悪人不在というか全員悪人というか(笑)過去の呪縛に捕らわれた詐欺師の話なんだけど、道尾さんにしては少し人間を描いているなって感じ。
今までの小説がフロックというか騙されるんですよねー!ホラーっぽい表現とかでてくると次のページを捲るのに身構えてしまったり、明らかミスリードであろう部分の裏の浦の裏の(笑)とか考えすぎたり・・・。
全体的には昔読んだ宗田理さんの『ぼくらの~』シリーズを思い出しますね。
文体は違うし設定や何もかも違うんだけど『ぼくらの七日間戦争』のような子供の大掛かりなイタズラ的雰囲気は共通してるんじゃないかな?って思うんですよ。
1個1個の詐欺の手口は単純で、でも実際こんなんで引っ掛かるんだろうなーと思わせる巧妙なライン。そうして物語のエンディングに向かうラストは、壮大な敵に対してあっといわせる仕掛けで対抗していくあたり・・・子供騙しっちゃぁそれまでなんだけど、妙なワクワク感が<子供のイタズラ>を思い出すんですよねー。
それも道尾さんにとってはミスリードの入り口でしかないんだけど。




『タケさん、お父さん指とお母さん指くっつきます?』

テツさんがそんなことを訊くので、武沢は親指と人差し指をくっつけてみせた。

『簡単だろ、こんなの』

『じゃぁお父さん指とお兄さん指は?』

『くっつくよ、ほれ』と、ちょんちょんと指をくっつける武沢。そしてお姉さん指も赤ちゃん指もくっつけてみせる。

『じゃぁ、今度はお母さん指でやってみてください、同じこと』とテツさんが言う。

『んっ』と武沢は思わず声を洩らした。小指だけ人差し指と触れ合わせるのが難しいのだ。どうにかできはするのだが、指を傾ける角度に無理があり筋肉が攣りそうになる。

『母親とこども、なかなか上手く寄り添わなくないですか?』

『うん、難しいな』

『じゃぁ、お父さん指も使ってやってみてください』・・・武沢は親指を人差し指の脇に添えてみた。

『あ、くっついた』

テツさんは湯飲みを手に取り、静かな音をたててお茶をすする。

『そういうことなんだと思います。どっちも揃ってんのがやっぱり一番なんすよ』

武沢は自分の指を使い、親指と人差し指をつけながら何度も小指に寄り添わせていた。




『カラスの親指』で代表されるいいところ、ちょっとした小休止でほっとする場面である。
ここだけ抜き出すとどうにも<人情物>みたいになっちゃうけど、後半このやりとりが再び心に響いてくることになるので、気の抜けないところでもある重要部分なわけ。
まーそんな家族愛とか突き詰めた話じゃないし、道尾作品といえば<とにかく読者を騙す>というこの一点に集約されるので、『あぁいい話だなぁ』などと騙されちゃいけませんよ。

巻末の解説にもあったけど・・・
理想の詐欺とは相手が騙されたことに全く気がつかないことなんだけれども、人を騙すという面で全く同じなマジックは、相手が騙されたことを自覚できなければ意味がないという相反する側面をもっている・・・
という理想の詐欺師と理想のマジシャンの喩え。騙されていることを自覚した瞬間に面白さが伴うわけで、読者を騙す著者はどこで読者に気付かせるかとか、すっごい計算してるんでしょうね。
そんな計算をしながら真相を読者に考えさせる・・・という余韻というか、解釈の仕方を複数用意する、という新たな進化をこの作品でみせようとしている。
当初この道尾秀介という作家さんは、読者を騙すことだけに生きがいを感じてるような(笑)ストーリーよりもいかにミスリードさせるかに力を注いでいる印象で、いや実際そうなんじゃ?って思うけど、今ミステリーという枠組みを超える何かに向かってるのでは?という雰囲気を感じますね。こっ酷く騙すという爽快さを保ちつつ、それでいて別のストーリーも考えさせる余韻が今回感じられたりして・・・
まーあとは安い笑いはいらないかな・・・

と、そんなわけで今回の本のキャッチは、


騙されない奴は、不幸かもしれない


素直な読者ほど楽しめる作品だと太鼓判!

カラスの親指 道尾秀介著

カラスの親指

2012.01.05 / Top↑