小説レビュー その他もろもろとか。

これは文句なく面白い!

人生の末路を俯瞰する死神によって審査され、生死の判断を下される物語。
・・・と、こう表現すると、おどろおどろしい雰囲気が漂ってしまうけど、実際はコミカルとシニカルが上手い具合に同居して、生きることの根源的な意味を温かく感じさせてくれる物語なのである。

死神は、担当する人物を7日間審査し、<死に値する状態かどうかを総合的に判断『可・不可』を決定して報告する>という業務をこなしている。
そんな死神の名前は『千葉』
毎回担当する人物に合わせて容姿を変貌、調査を行なっている。
それは、引っ越してきた隣人であったり、やくざに捕らわれたり、雪山のペンションで吹雪を凌いだり・・・人間だったら結構しんどい事も、人間じゃないから・・・『神様』なので(笑)どうってことない。
そう、死を司るという不吉で嫌な役回りだけど『神様』の一人なんですよねー。
死神のタロットカード 
死神っていうと、タロットカードとかの黒いマントを頭から被った骸骨人間で大きな鎌をもってるイメージが先行しちゃうけど、実際死神といえども、なんていうか・・・神様のくくりなので(笑)人間のイメージだけで考えちゃダメですよね。
ここに出てくる死神はちょっと人間臭い雰囲気を醸しだしている。人間界の比喩とかにどうも疎いらしく、ほとんど天然なボケをかましたりするわけですね。例えば、『私、醜いんです・・』という言葉に対し、死神である千葉の会話は『いや、見やすいです・・決して見にくくはない』となったり、千葉の行くところ天気がいつも悪く雨ばかり降ることに対して調査対象者の女性から『千葉さん、雨男ですね』と云われれば、『雪男というのもそれと同じか?』とつい疑問を投げ掛けてしまう・・・それが主人公死神である千葉なのである。

そんな死神である千葉の物語が、連続性を持つ短篇として六話収められている。それが今回取り上げた『死神の精度』だ。
著者伊坂さんならではの作中リンクが今回も効いていて、死に向かっていく人間を追っているのに何故か温かい気持ちも湧いてくるという、ミステリーでもあり群像劇でもあるという秀逸な作品。
読者感想をざっとみると、五話の『旅路を死神』と六話の『死神対老女』が人気を二分している。
確かに最終話は作中リンクが気持ちよく回収されて、ちょっといい気分にさせてくれるので人気は集中するだろう。五話も家族愛を何となく滲ませていて、これもちょっとした温かみを感じてしまう。

ワタシのお気に入りは二話目の任侠ものの話かな。
藤田というやくざが調査対象で、七日間で調査を完了させ可否を決定、八日目に結果が訪れるという切り取られた時間の中で、この藤田と舎弟である阿久津がいい味をだしているのだ。





『大勢の敵相手に、藤田さんは立ち向かえると思うか?勝てると思うか』


阿久津は藤田に仕掛けられた罠を知っている。藤田は組から敵対組織に売られた身なのだ。その藤田の舎弟として阿久津は、藤田が変な行動を起こさぬように見張り役も兼ねている。そんな阿久津は藤田を心から尊敬していた。

<弱きを助け、強きをくじく>弱者はたいてい、国や法律に苛められる・・・そいつを救えるのは法律を飛び越える奴しかいない・・・それは無法者と呼ばれてイメージが悪いけど、それがやくざなんだよ・・・藤田の口癖に、阿久津は惚れていた。


『藤田さんだけだ、藤田さんは他の奴らとは全然違うんだよ』
『藤田さんは本当の任侠の人なんだよ・・・そんな、そんな藤田さんが負けるわけねぇんだ』


明日藤田は単身で敵対組織に乗り込む事になっている。しかしこれは罠で、藤田の命と引き換えに組同士のいざこざを収める手はずとなっていたのだ。
明日中に藤田は死ぬ運命にある。千葉はすでに藤田の調査を終えていて『可』の結果を報告していた。
何故なら、藤田は


『もし罠だったとしてもやる。曲がったことをやる奴らに俺が負けるはずねぇだろ・・・例え死んだとしても、逃げるよりましだ』


と言い切ったからだ。

調査を終了していた千葉だったが、何故か阿久津の計画に乗ることに。阿久津は今晩敵対組織を襲撃するという・・・藤田に行かせないためだ。
勇んでマンションへと車で乗りつけた阿久津と千葉だったが、呆気なく敵の舎弟に発見されてしまう。不用意な行動がバレていたのだ。

マンションの一室で痛めつけられる阿久津と千葉。痛みなどの人間的痛覚を持たない千葉にとってどうってことないことなのだが『おっさん!喋るんじゃねぇぞ!』と息巻く阿久津を置いて、千葉は藤田の電話番号を相手に教えることにした。激しい罵声を浴びせる阿久津・・・『裏切るのかよ!』と喉から血が噴出すかのごとく絶叫する。
千葉は阿久津に声をかけた。


『藤田はお前を助けに来る』


そう、任侠の男が助けにこない訳がないのだ。それを聞いた阿久津が激昂する・・・


『それがこいつらの狙いなんだよ!てめぇ!藤田さんを殺したいのか!』


阿久津は目をひん剥きながら咆哮を轟かせる。千葉は静かに阿久津に向かって云った。


『藤田は負けるのか?おまえは、藤田を信用していないのか?』


そう、藤田は死なない。藤田が死ぬのは明日だからだ。今日ここでということはない。
正直藤田がどうなろうと興味はない。私の仕事の結果が変わるわけでもなく、評価が変わるわけでもない。それでも最後まで見届けようと思い直していた。
藤田はやがて現れるだろう・・・愚かな、剛毅さを漂わせてやってくる・・・そして死なない。


『藤田さんが・・・負けるわけがねぇ』


そう阿久津が何度も何度も呟くのを、千葉は黙って聞いている。






うーん気に入りすぎて殆んど内容を要約!完全なネタバレですね(笑)
ワタシの中ではこの作品が一番切れ味鋭いと思っている。
生と死の判定は死神に委ねられているのだが、その殆んどは『可』であって八日目に死は必ず訪れる事になっている。読者の淡い期待など、ばっさりと切り捨てて死神は『可』の判定を下していくのだ。
ただ、物語はその死までを描かず余韻を残した表現で綴じられていて、その余韻の過程がほの温かく、何となく癒されたりもするから不思議でたまらない。

本書の表題作『死神の精度』は第57回推理作家協会賞短篇部門を受賞していて、その表題作では死神の精度に狂いがあったのか『不可』という見送りの決定が下される。まーこれが伏線となるのは伊坂ファンであれば周知の事実であろうから隠さないが、大きな時空の流れも感じさせる壮大なストーリーはある意味<伊坂節>といっても過言ではないだろう。こーゆう大掛かりな展開がとっても面白い。

また、この短篇集五話目の『旅路を死神』では著作『重力ピエロ』の主人公がチラッと登場している。この手の遊びは若手作家さん共通の得意分野ですねー。

それにしてもこの『死神』の設定が面白くて仕方ない。
死を判定する調査・・・ちょっと怖いけど、病気ではない不慮の事故はこの調査員の決定によって決まっているらしい。どうやって対象者が選ばれるのかは不明だけど、なかなか奇抜な設定だと感心然りである。
そして死神本人もまた『いい奴』だったりする。
非情でクールな面を前面に出しながらも、ステーキを見て『死んだ牛はうまいのか?』とか、雪を甘く見ないほうがいいという状況に『吹雪に味があるのか?』などと云う。それでいて『人間というのは眩しいときと笑うときに似た表情になる』と学習を欠かさないあたりも心憎い。遭いたくない(笑)のに興味が湧いてしまうのは困ったものだ。

さてさて本のコピーはどうしよう・・・


人は死ぬ直前まで、幸せだったかどうかわからないものさ


こんなのはいかがでしょう。
本文からのほぼ抜粋ですが、なんだかいい表現ですよね。

死神の精度

死神の精度










2011.08.30 / Top↑
これも超話題。

陸上の世界選手権に、両脚が義足で「ブレードランナー」の異名を持つ24歳のオスカー・ピストリウス選手(南アフリカ)が初出場し、男子400メートル予選、45秒39の5組3着で準決勝に進出したニュース。

巷では、賛否両論もうごっちゃごちゃだ。

世界陸上オスカー選手


映像を見ると、スタートは出遅れているのに後半の伸びが凄まじく、確かに義足の恩恵があると云わざるを得ない。もうぴょんぴょんしてるんだから。
不平不満を漏らす選手もいれば、喜んで歓迎するという選手もいる。

でも難しくないか・・・
明らか条件が違いすぎないか?



途上国から出場の選手が設備の整わない施設で懸命に練習して、性能の劣る陸上スパイクで戦って勝利するのとは少し次元を超えているとワタシは思う。
公式記録がでたらどうするの?『両足義足』とか資料に載せる?
追い風参考記録とか<風>まで考慮するのに、最先端の技術で開発された義足で出る記録は公式記録なの?

確かにオスカー選手は障害者の中では抜きん出た存在で、もはや敵なし・・・普通の陸上大会で健常者と勝負したい気持ちはわかるし、同じ土俵で戦って結果を残してきている今回はある種の感動を覚えるし、障害を苦に毎日を過ごす人々に勇気を与えたに違いない。
・・・世界陸上でそれはいいのか?
ワタシならオリンピックに出場するべきだと思う。
パラリンピックもあるけれど、大会の意義として義足であってもオリンピック代表に選考されるのはおかしくないはず。世界一を決めるオリンピックは記録だけではない感動も認められる場だと思うからだ。
世界陸上は記録だと思う。記録はやはり同条件で戦うのがフェアではないか?
義足は残念ながら同じ条件とはいいがたい。
あの水着がだめなんだから、義足もだめだろう。
2チャンネルをみると、『足斬って義足にするランナーが出てくるんじゃないか?』とか『国を挙げて足を切断するに違いない』とか、馬鹿馬鹿しいけどそんな意見が飛び交っている。

人権的に差別であるとか様々な問題が絡むため、大会運営側も慎重にならざるを得ないとは思うけど、ルールの制定が本当ちゃんとしてないと双方が嫌な気持ちになってしまう可能性がある。
あとになって義足だから取り消しとか、やっぱり参考記録にしますとか、・・・オスカー選手にとってそれこそ差別問題であり、それは苦情苦言ではなく訴えるべきである。
最初から大会ルールとして一緒に走ってもいいけど記録は参考記録ですとか、何かしらのしっかりしたルールがあって、それを承諾して競技に参加しないと見ているこちらも不信感が募ってしまう。

まー感情的には頑張って欲しいし、活躍して欲しい気持ちいっぱいではあるのだが・・・。

2011.08.29 / Top↑
いろんな人がリツイートしてて話題になってますね!
へビ座にダイヤの星発見のニュース(オーストラリアのスウィンバーン工科大などの国際研究チームが豪パークス天文台の 電波望遠鏡で発見し、27日までに発表)

地球から4千光年も離れたところにあるなんて・・・
なんか主要成分からダイヤということなんだろうけど、一瞬キラキラしたダイヤを想像しちゃうよね(笑)映画スーパーマンの故郷『惑星クリプトン』みたいなのを想像しちゃう。

ただ4千光年だよ・・・4千年って・・・もうないかもね(涙)

なんてゆーか地球時間じゃない『宇宙時間』っていうのかなー・・・ちょっと不思議な感覚だなって前から思ってた。
宇宙を見て・・・輝く星を見て・・・でももうその星は存在してないかもしれないなんて・・・光がようやく地球に届いて・・・それが届くまでに何千年もかかってて・・・
そう考えると日常の些末な出来事など、本当ちっぽけで何を悩んでいるんだろ?とか思うけど、それはそれ・・・地球人なのでやっぱり地球時間上で起こった出来事は、やっぱり重大なんだよワタシには。

まーでも星は大好きなので、このニュース夢を感じましたよ。キラキラ!

2011.08.28 / Top↑