小説レビュー その他もろもろとか。

文藝春秋第二弾、2004年の作品(文庫化は2008・3)だと・・

3日連続で恩田ワールド・・何故これを最後に持ってきたかというと、難解すぎるから(涙)

恩田作品の真骨頂ともいえる

「三人称多視点」

と言われる手法が際立った作品で、夏の名残りの薔薇というクラシックの名曲になぞらえ、一つ一つの章が「第一変奏」「第二変奏」というふうに第六変奏まで続く。
登場人物が章ごと別々に主人公となり、山奥のホテルで起こる関係者の変死事件を語っていく。
第一変奏と第二変奏は同じ時系列でありながら別の映像を繰り広げるという難解な流れで、
例えば第一変奏(第一章)で死んだ人間も、第二変奏では主人公であったりする。
第三変奏ではまた別の人が別の人に毒を盛り、第四変奏ではまったく別の切り口で同じ時間に起こった不思議な事件を追っていく。
章が切り替わるごとに物語りは少しずつぶれていく様を変奏曲になぞらえているのだろう・・第三章になるまで意味不明で泣きそうだった。

第五変奏になるまでに時間は少しずつ進み、最終章の第六変奏では一年後の話となりタネあかしであろうと予想したがあっさりばっさり。恩田作品ではお馴染みの

「閉じない」

手法にもうぐったりである。

恩田さんはチャレンジャーで、これもやってみたい小説の手法であったと思われるが、読んでいるほうは脳ミソがバラバラになりそうである。

ということで、この「夏の名残りの薔薇」は恩田ファンのあいだでも賛否両論、ワタシもこれは素直にお勧めできない。特に「夜のピクニック」や「六番目の小夜子」などでファンになった人には難解すぎて拒絶反応を起こしそうである。

勇気ある人は、たっぷりのコーヒーとお茶菓子を用意して、どっぷり浸かって欲しい。
久々に現実空間に戻ってくるのが大変になったミステリー(っていうよりこの本そのものがミステリー?)であったと記しておきたい。

何度も襲ってくるデジャヴに、あなたは真実を見失う。

おっ・・この帯はいいぞ(笑)
コンパクトでいて本質を突いたのでわ?!

夏の名残りの薔薇
夏の名残りの薔薇



2011.01.31 / Top↑
これは、文藝春秋第三弾に位置する2007年刊行の小説(文庫化は2010・11)

登場人物は二人。明日には離れ離れになりお互いを干渉しない日々が待っている。その明日になるまでの時間で、お互いの心の内を探り、ものの核心を言及したい・・そんな心理戦を各章ごとに目線を変えてジリジリと迫る。朝、陽が昇るころ、二人が探り当てる真実で闇の世界に引きずり込まれるのか、解放されるのか。

まぁ大雑把な説明はこんな感じである。

登場人物が迫る二人の記憶の先に眠る真実・・っていう設定は、東野圭吾の何かで読んだことがある(何だっけ?)想像するに記憶のすり替えである。
ミステリーマニアなら容易に想像つくこの設定なのであるが、やはり解決までの時間が設定されていると、否応がなドキドキする。決着の仕方はやはり著者ごとの威信を懸けて(そーでもないか?)恩田流の終わりになっている。余韻を残す感じですかね。

アメリカ映画ってほとんどハッピーエンドでしっかり終わるイメージがある。

「もう無理だ!ミサイルぶち込もうぜ!」
「Oh! グレイト!」
「ファイヤー!ドッカーン!やったー!」
「俺たち助かったぜ!」

みたいなイメージである。

フランス映画って霧の向こうに終わりの扉があって、それが半開きになっているイメージがある。

完全犯罪を成功させた犯人は豪華客船で国外逃亡するだけである。
港に停泊している船にスーツケースを持つ犯人(アランドロン風)がゆっくりと歩いていく。
映画の画面にはすでにエンドロールが流れ、荘厳なクラシックが奏でられている。
すると、主人公の犯人と船とを大写しにした画面の先に一人の警部がみえる。
超ロングショットで延々と流れる映像のなか、警部に向かって一歩ずつ進むアランドロン。
そのままカメラが引いていって映画が終わったりする。

みたいなイメージである。

この「木洩れ日に泳ぐ魚」は後者の雰囲気で、読み終わると改めてタイトルの秀逸な輝きに圧倒されて「参りました」と自分の吐く息の音に驚いたりするのである。

冷んやりとした、意識に反射する陽の光を浴びて、二人の意識は遠く離れていく。

これも読まなきゃわからない。
ちょっと深すぎて、自分で掘った落とし穴から空を眺めてるよーだよ、これじゃ(笑)

木洩れ日に泳ぐ魚
木洩れ日に泳ぐ魚
2011.01.30 / Top↑
「三月は深き紅の淵を」シリーズから少し離れていたわけだが、久々に恩田ワールドに足を踏み入れてみたりした。この「まひるの月を追いかけて」はどちらかというと近年の作品であろう佳作だが、独特の怖さをまた味わうことができて大満足である。

失踪した異母兄を探す旅にでる主人公「静」と「優佳利」「妙子」など、奈良の名跡を辿りながら話は進行していく。
ワタシは結構純粋に読むタチなので、そのトリックや仕掛けにすぐ騙される良い読者なのだが、こーゆうミステリーぽい不思議な話はあまり勘繰らず、のめり込んだ勝ちではないであろうか。

この恩田さん・・いささか話を振っておいては読者を置き去りにする傾向が(笑)散見するのだが、今回その辺りはだいぶ押さえられていて、一段とその成熟度合いを見せ付けられたワタシはノックアウト!ちょっと続けて読みたいので、すでにあと二冊ほどBOOKOFFで仕入れてあるこの周到さに自分自身惚れ惚れする次第である。



読んでみると奈良に行きたくなる。

そう、舞台は奈良の名所旧跡などで、関東で義務教育を受けたものなら決まって修学旅行の行き先であり、法隆寺だの奈良公園(鹿の)とかイメージがすぐ湧くと思う。
ただ、修学旅行とかだといい加減に歩いて実はロクに見てなかったりして、ワタシとしてはいつかちゃんと見たい場所ランキングTOP3に入っている地である。
ちなみに行って見たいところ上位の「日光東照宮」は数年前慣行!「鎌倉寺めぐり」はまだ達成されていない。鎌倉は近いから行けそうだが、京都奈良は数日を要する感じでまだまだ無理そうな気がする。

で、話変わって、本のメインの話に補足するような「昔話」が挿入されてるのだが、これがまた怖い。グリム童話より怖そうだ。

例えば・・森の中で小休止する老人・・森の動物たちは薪を集め、火を焚き、果物を宛がうおもてなし・・何もしていないウサギに
「お前は何かしないのか?」
と、森の動物たちが問うとウサギは
「私は何も出来ませんが、どうぞ私の肉を召し上がって下さい」
と、焚き火に身を投じる・・
それを見た老人はウサギの気持ちを偲び、
ウサギの魂を抱き空の月へ上げる・・そう老人は仏様だったのだ。だからウサギは今でも月に居ると。

なんとも怖い話である。

こーゆう話が何篇か挟まれ進行していく物語の行き着く果ては、わかっていても温かく寒いドキドキした感情を抑えられないのである。

旅に畏れ、怯え、震え、それでもこの旅は終わりに近づいていく

あーちょっと抽象的すぎるなぁ
読んだ人はわかるけど、この帯じゃ売れねー(笑)

まひるの月を追いかけて
まひるの月を追いかけて
2011.01.29 / Top↑